【吉田松陰先生】生きがいのあるすばらしい人生を送る方法《簡単!》

吉田松陰先生逆境に礼アイキャッチ画像
  • 生きがいのあるすばらしい人生を送りたい・・・
  • 後悔しない生き方がしたい・・・
  • しかし、なぜ私だけがこんな目に合うのかと毎日思ってしまう・・・

こんな悩みをもってる人は多いのではないでしょうか。

こういった悩みを解決することを、「吉田松陰先生」「覚悟の磨き方(超訳 吉田松陰、編訳 池田貴将)」で教えてくださっていますのでご紹介します。

「吉田松陰先生」は、今日からたった1つのことを意識するだけで、驚くほど人生が変わっていきますよ!と言われています。

そのたった1つのこととは、

  • 逆境に礼を言う。

ということです。

吉田松陰先生自身もこのことをものすごく大切にされ、数々の実績を残されています。

  • 天保元年~安政6年。長州藩士にして思想家、教育者、兵学者。明治維新の事実上の精神的理論者とされる。
  • 嘉永7年、ペリー2度目の来航の際、長州藩足軽・金子重之助とともに密航計画を企てるも失敗、萩の野山獄に幽囚される。
  • 安政2年、生家で預かりの身となるが、私塾・松下村塾の主宰者となり、高杉晋作を初め久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋、吉田稔麿、前原一誠など、維新の指導者となる人材を教え育てる。
  • 安政6年、幕府の安政の大獄により長州藩に松陰の江戸送致を命令。同年、江戸伝馬町の獄において斬首刑に処される、享年30(29歳没)。

では、吉田松陰先生の教えを具体的に見ていきましょう。

そして後半は、ブチネコ太郎が陰陽太極図(詳しくは「陰陽太極図とは?」参照)を見ながら、なぜ吉田松陰先生の考えにものすごく感動したかをお伝えしたいと思います。

ブチネコ太郎

それでは、今日も少しでも幸せになるために、元気にいきましょう!

【吉田松陰先生】生きがいのあるすばらしい人生を送る方法!

吉田松陰先生画像1

出典:吉田松陰.com

松陰先生は、すばらしい人生を送るには

  • 逆境に礼を言う。

ことだと言われています。

なぜなら、鉄は何度も熱い火の中に入れられて、何度も固い金槌で叩かれて、はじめて名剣に仕上がるからです。

すばらしい人生の送り方もこれによく似ていると松陰先生は言われています。

  • 何度もくり返されるきわめて不都合で、ありがたくない経験の数々が、旅路を美しく輝かせてくれるのです。

と。

実際、松陰先生の生き方はまさにこの言葉通りの生き方なのです。

ぺリー来航

黒船来航2

嘉永7年、ぺーリー黒船を連れてやってきます。

そして、大砲にて圧倒的な技術力の差を見せつけ、日本に開国を迫ってきたのです。

江戸は天地がひっくり返るような大騒ぎで、「日本はもうおしまいだ!」と、武士から農民まで誰もがそう確信し、眠れない夜が続いていました。

そんな時、兵法の専門家であった松陰先生は、しばらくは「どうやって西洋を倒そうか」と作戦をたてていましたが、大砲を目にすると「これは勝てない」と頭を切り替え、「外国のやり方を学ぼう」と発想を逆にしてしまったのです。

そして、鎖国の時代に海外渡航などすればもちろん死刑なのですが、松陰先生はそんなことは気にしない!

翌年、再び黒船がやってくると、小舟を盗み、荒波の中をこぎ出していって、そのまま黒船の甲板に乗り込んだのです。

「学ばせてくれ!」と無防備な侍の命がけの訪問に、アメリカ艦隊も驚いた!

この松陰先生の小さな一歩が、後の「明治維新」という大きな波を生むことになるのです。

松下村塾

松下村塾画像2

密航で捕まった松陰先生は、江戸から故郷の長州藩へと送られます。

そしていつ出れるかわらかない牢獄の中で、そこにいる囚人たちを弟子にすることになるのです。

その中には、すでに何十年と牢獄の中にいて、生まれた時から生きる希望を失っているような人も多かった。

しかし、松陰先生は身分や出身によって人を選ぶことはなく、1人1人から才能を見つけようと親身になったのです。

そして、仮釈放されると、松下村という小さな村で塾をはじめることになります。

これが後に伝説となった「松下村塾」なのです。

そこで、松陰先生が教えた期間はわずか2年半だけ。

しかし松下村塾からは、高杉晋作、伊藤博文(初代総理)をはじめとして、数多くのエリートが輩出されています。

松陰先生は「いかに生きるかという志させ立たせることができれば、人生そのものが学問に変わり、あとは生徒が勝手に学んでくれる」と信じていました。

そして、「教育は、知識だけを伝えても意味がない。教える者の生き方が、学ぶも者を感化して、はじめてその成果が得られる」と信じ、自らの生き方を生徒たちに見せていったのです。

安政の大獄

安政の大獄2

松陰先生はただの教育者では終わりません。

幕末の大老・井伊直弼と老中・間部詮勝のやり方に憤慨した松陰先生は、長州藩に「間部を暗殺したいので、暗殺に使う武器を提供してほしい」と頼み込みます。

それに驚いた長州藩は、また松陰先生を牢獄に入れることになります。

そして、「安政の大獄」の犠牲となり、松陰先生は死罪となるのです。

しかし、死罪の判決をうけた時、松陰先生はまったく動じませんでした。

「承知しました」と答えて立つなり、付き添いの役人に「今日もまたご苦労でございます」とやさしく言葉をかけ、刑場に着けば、死刑にのぞんで懐紙を出し、はなをかむと、心静かに目を閉じたと言います。

首切り役は後に「これほど最期の立派だった人は見たことがない」と感服したそうです。

逆境がすばらしい人生を創る

つねに全体を見渡し、個としての自分はどう動くべきか見定めながら、たとえ旅の途中であろうとも、牢獄に入れられようとも、死を目の前にしようとも、松陰先生は自分が信じる生き方を最期まで貫き通されました。

そして、松陰先生は、自らの毅然とした行動と発言をもって、

  • 何度もくり返されるきわめて不都合で、ありがたくない経験の数々が、すばらしい人生を創る。

と、没後150年以上たった今もなお示され続けているのです。

【ブチネコ太郎】生きがいのあるすばらしい人生の中にある「逆境」と「順境」

すばらしい人生「逆境」「順境」

逆境をさけて少なくしたほうがすばらしい人生になる?

松陰先生の、「逆境に礼をいう」という考え方を聞き、また松陰先生の生き方を見て、ブチネコ太郎は「後悔しないすばらしい人生を送りたい」とより思うようになりました。

しかし、ここで1つの疑問にぶつかりました。

松陰先生の生き方に、「自分の生き方を貫いたすばらしい生き方だと心が熱くなる気持ち」と「投獄されたり死罪になったりする生きが本当にすばらしい生き方なのだろうかと思う気持ち」の2つの気持ちがでてきたのです。

そして、「逆境に立ち向かいすばらしい人生だといえるのは、偉業なしとげるような偉人だけじゃないのか?」

我々凡人は、

  • 逆境に立ち向かうより、逆境を避けて少なくしたほうがすばらしい人生になるんじゃないのか?

という疑問がでてきたのです。

ブチネコ太郎はいつも通り、「陰陽太極図」を使ってこの疑問について考えてみました。

そして、ある結論に至りました。

それは、

  • すばらしい人生は、「逆境」と「順境」の2つにわけることができる。
  • そして、多くの人は「逆境」を避けて「順境」を得たいと考えるが、実際は「逆境」がなければ「順境」は存在できないということを知らない。
  • そして、すばらしい人生とは「順境」を得ることではなく、「逆境」と「順境」を繰り返すことだということを知らない。

ということです。

では、陰陽太極図を使って具体的に見ていきましょう。

すばらしい人生の陰陽太極図

陰陽太極図(吉田松陰すばらしい人生)

陰=逆境、陽=順境

まず、「すばらしい人生」を、「陰=逆境」「陽=順境」にわけてみます。

すばらしい人生の中で、「陰」の「逆境」は、多くの人にとっては「失敗」「悲しみ」「苦しみ」だったりするのです。

例えば、「作ったお店が閉店する」「受験に失敗する」「好きな女性にフラれる」など、何をやっても前に進めず、上手くいかず、心が落ち込んでいる状態です。

陰陽太極図(吉田松陰陰逆境)

では反対に、
すばらしい人生の中で、「陽」の「順境」は、多くの人にとっては、「成功」「喜び」「楽しみ」だったりするのです。

例えば、「起業して大成功する」「資格試験に合格する」「好きな女性とつきあえる」など、何をやってもぐんぐん前に進んで、上手くいって、心が高揚している状態です。

陰陽太極図(吉田松陰陽順境)

陰中陽=足りないと感じる心、陽中陰=満ちていると感じる心

そして、「陽」の「順境」が続いていくと、その中に「陽中陰=満ちていると感じる心」がでてきて、やがてそれは「慢心」に変わってきます。

例えば、
「もともと才能があるので起業で大成功して当然だ!」
「資格試験に受かったから人生は安泰だ!」
「女性にモテるのでもっといろいろな女性とつきあおう!」

などの「慢心」が、心の奥底からじわりじわりと出てくるのです。

そして、それでも「慢心」を続けていると、慢心は「停滞」を生み出します。

「事業に失敗したり」「資格がまったく生かせなかったり」「彼女にフラれたり」して、やがて陽の順境は、陰の逆境に変わっていくのです。

陰陽太極図(吉田松陰陽中陰慢心)

では反対に、
「陰」の「逆境」を続けていくと、その中に「陰中陽=足りないと感じる心」がでてきて、やがてそれは「謙虚」な気持ちに変わってきます。

例えば、
「二度とお店の経営に失敗しないよう、もっと勉強しよう!」
「来年の受験は受かるよう、詰めの甘い性格をなおそう!」
「好きな女性に振り向いてもらえるよう、自分を磨こう!」

などの自分の生き方を見直す「謙虚」な気持ちが、心の奥底からじわりじわりと出てくるのです。

そして、その「謙虚」な気持ちを持って日々の努力を続けていくと、謙虚は「成長」を生み出します。

「次のお店で成功したり」「来年の受験に受かったり」「次に好きになった人とつきあえるようになったり」して、やがて陰の逆境は、陽の順境に変わっていくのです

陰陽太極図(吉田松陰陰中陽謙虚)

すばらしい人生とは何なのか?

このように、「逆境」と「順境」は相反しつつも、人生の中で常に両方を行ったり来たりするものなのです。

しかし、多くの人は、「逆境」を少なくして、「順境」をできるだけたくさんにしたいと思っています。

なぜなら、そのような状態であることが、なんとなく「すばらしい人生」だと思っているからです。

しかし、そのような考え方を持っていると、実はいつまでたっても「生きがいのあるすばらしい人生」を送ることはできないのです。

なぜなら、

  • 「逆境(陰)」がなければ「順境(陽)」は存在することができない。
  • そして、すばらしい人生とは「順境」のことではなく、「逆境」と「順境」を繰り返すこと。

だからです。

例えば、とても単純なことですが、お腹が減っていないとご飯はおいしくありません。

お腹が減ったという「逆境」がなければ、どんなに高級料理である「順境」を準備しても、ごはんを食べた時においしいと感じることができないのです。

そして、一度お腹が満たされると、再びお腹が減らないと、再びご飯をおいしいと感じることができないのです。

お腹が減り、ご飯を食べるという、「逆境」と「順境」の繰り返しの中で、人は幸せや生きがいを感じるのです。

本物の寒さに震えたことがあるから、暖かい気候をありがたいと思うようになるのです。

本当に嫌いな人に会って傷ついたから、好きな人に会って感謝するようになるのです。

絶望するくらい失敗をしてたくさん泣いたから、成功をした時に人目もはばからずうれし泣きするようになるのです。

「逆境」と「順境」を繰り返す中で、そのことを自分が「どう感じるか」が、その人自身の「すばらしい人生」を創っていくのです。

このことがわかると、松陰先生の言葉

  • 何度もくり返されるきわめて不都合で、ありがたくない経験の数々が、すばらしい人生を創る。

の本質が見えてくるのです。

陰陽太極図(吉田松陰すばらしい人生2つ)-1

「生きがいのあるすばらしい人生」まとめ〈アクションプラン〉

ブチネコ太郎(吉田松陰アクションプラン)

「逆境に礼を言う」

 松陰先生が言われてることを今日から実行してみましょう!

その理由は、

  • 何度もくり返されるきわめて不都合でありがたくない経験の数々(逆境)が、旅路を美しく輝かせてくれるのです。
  • なぜなら、「逆境(陰)」がなければ「順境(陽)」は存在することができないからです。
  • そして、すばらしい人生とは「順境」のことではなく、「逆境」と「順境」を繰り返すことなのです。

ぜひ、自分で自分を幸せにするために「逆境に礼を言う」を始めてみましょう!

「生きがいのあるすばらしい人生」おまけ

注意事項として、「逆境」が「順境」を生むからといって、自ら進んで逆境に飛び込んでいく必要もないと、ブチネコ太郎は思っています。
(超ストイックな人はそれを選ぶのも自分の人生なんで全然OKです!)

基本は、今日を真剣に生きれば、どちらにせよ「逆境」と「順境」が生まれてきますので、逆境に自ら飛び込むというよりは、今日1日をただただ真剣に生きるというコースをお勧めします。

大事なことは、「逆境」が悪いもので、「順境」がいいものと単純に判断するのではなく、「逆境」と「順境」の「自分の理想のバランス」を楽しむことなんだと思います!

「お腹が減ったり!」「好きな子にフラれたり!」「四葉のクローバー見つけたり!」と、その人のその日の精一杯の中に、人生の美しさがあるとブチネコ太郎は信じていまーす!

 

⇒吉田松陰先生 著書「覚悟の磨き方(超訳 吉田松陰、編訳 池田貴将)」